歌枕直美 友の会
イベント企画・制作などを中心に多岐に活躍、近年は歴史物語を創作執筆しておられる楯川さんにお話を伺いました。
神戸からボストンへ
歌枕直美(以下、歌枕):大変ご無沙汰しております。アメリカから帰国のタイミングでお会いでき、とても嬉しいです。
三木美裕(以下、三木):うたまくら茶論に伺い、歌枕さんと再会できました。
歌枕:はじめてお会いしたのが、私が大阪市立長居小学校の六年生、三木さんが神戸市立鷹匠中学校の三年生の時に、NHKの全国合唱コンクールの小中高校の近畿代表に選ばれた学校が集まったときでした。三木さんたちの中学校が、コンクールの中学校課題曲「青空のすみっこ」を歌われ、全国大会で第一位になられました。谷川俊太郎さんの詩で、寺島尚彦さん作曲のこの歌を初めて聞いた時、ふわっと自分の想像の世界が広がったのをよく覚えています。
三木:私も「青空のすみっこ」が好きで、今も時どき思い出して口ずさみます。
歌枕:最後にお会いしてから約四十年ぶりでしょうか。
三木:直美さんの活躍はネットで拝見しております。
歌枕:ありがとうございます。私も三木さんの活躍を新聞で拝見いたしました。現在はアメリカにお住まいですが、いつ頃よりアメリカに行かれたのですか。
三木:私は大学を卒業後、ボストンの美術館の研修生になり、そのまま採用されて五年間勤めました。その後、ご縁があり、結婚もしたのでアメリカに残り、シアトル、ロサンゼルスの美術館に勤めました。
歌枕:まず最初に行かれたボストンの美術館のあり方をぜひ、教えてください。
三木:日本の美術館や博物館では期間限定の特別展覧会の開催が注目され、ふだん、目にしない特別なものを見に出かける印象があります。ボストンの美術館はその館の収蔵品で構成した常設展示が中心で、そこへ自分のお気に入りの作品を見に行きます。美術館へ出かけるのは、日常生活の一部という感覚に近いと思います。
歌枕:美術館が特別にあるわけではなく、人々の生活に馴染んでいるのですね。
三木:親子、孫まで含めた三世代で通う家族も多く、通いなれています。どこに何が展示してあるかも知っています。時に展示替えすると、「私のお気に入りの作品はどこへ行ったのか」と、叱られることもありました。
歌枕:こどもの時から美術館を身じかに感じる環境が、街の中にあるのですね。
三木:お客様が自分が五十年前に見た展示体験を話してくれることもありました。
歌枕:まるで美術館は自分の家みたいな感覚で、暮らしとつながっていますね。
三木:なので私たちは、ここに通う方たちが美術館で何を見て、何を学びたいと思っているかをていねいに調べ、それを展示して皆さんと共有するという考え方でした。美術館は街の人と一緒に学んで、ともに成長していくという姿勢です。このときの経験は、私の人生に大きく影響しています。
九州博物館
歌枕:2006年に開館した九州国立博物館(太宰府市)の準備にも携われていたそうですね。
三木:2002年に文化庁の職員として、大きなまっさらの建物を、世界各地を走り回って集めた資料で、展示室を埋めていく作業を延々と根気よく続けました。
歌枕:壮大なプロジェクトですね。この時はアメリカから通われたのですか。
三木:家族はアメリカにいて、私が五年間、単身赴任しました。はじめは東京国立博物に準備室が置かれ、開館直前の二年間は福岡に住みました。
歌枕:福岡に実際に住まれていかがでしたか。
三木:私は神戸で育ったのですが、福岡に住んでみるとアジア諸国がずいぶん近くに感じられて新鮮でした。東京へ出かける感覚で、北京、バンコック、ソウル、シンガポールなどの国立博物館へ何度も通いました。またこれも福岡に住んで知ったのですが、九州の方々にとって、国立博物館の開設は長年の願いであったということです。
歌枕:特にどういうところでしょうか。
三木:関西には百年前から京都と奈良に国立博物館があって身近です。でも九州では明治時代から国立博物館の誘致活動が行われながら、なかなか実現しませんでした。祖父母の代から誘致運動にかかわった方もおられて、開館式に家族の遺影をもって参加された方がいました。準備中も地元の方々の熱い思いが伝わってきました。皆さんが待ち望まれた博物館をオープンさせると思うと力が入りました。
歌枕:それほどまで長く熱望されていたことを知りませんでした。
三木:およそ百年前にできた東京、京都、奈良の国立博物館が主に日本文化を紹介しているのに比べて、百年経過してできた九州国立博物館は、日本の文化形成期にアジアや欧州の文化がどのように影響を与えてきたかを検証するのをテーマとしています。仕事のキャリアを通して、ずっと海外から日本を見てきた私にはやりがいのある仕事でした。
ウェールズでの日本美術特別展
歌枕:イギリスのウェールズ国立博物館で開かれた日本特別展(2018年)に、当時のチャールズ皇太子(現:チャールズ国王)が来られ、三木さんが案内されている記事を新聞で読みました。
三木:2021年から、欧州各地に古くからある日本美術のコレクションを調査してきました。イギリス、オランダをはじめ、ドイツやポルトガルのお城や宮殿にも日本の美術工芸品が、今も多く残っています。これらは17世紀以降に海を渡っていきました。調査した中から代表的なものを集めて展示し、同時に日本の国立博物館が所蔵する同じ時代の美術資料を持ち込んで、一緒に並べてイギリスの方々に見ていただく展覧会を企画しました。
歌枕:江戸時代は鎖国をして、海外と文物の行き来がなかったと思っていたので、多くの日本の工芸品が海を渡っていたことに驚きです。
三木:1600年代前半から、イギリスやオランダの東インド会社が日本まで来て、漆器や陶磁器などの工芸品を注文して生産させてヨーロッパへ持ち帰り、それらが王侯貴族の城や館の部屋に収まりました。当時の日本の職人たちは、欧州の暮らしに適するこれらの工芸品を制作し、海外へと送り出しました。
歌枕:ただ一級品を制作したということだけでなく、日本の技術の誇りをかけて、これらの工芸品を海外の方に見てもらうために腕によりをかけて作られたのですね。
三木:それらの工芸品が今もヨーロッパでは、同じ部屋に数百年間ずっと置かれているのを各地で見てきました。このような資料をまとめて展示して、イギリスの皆さんが何世紀にもわたり日本のものを大切にしてきて下さったのを再認識して、それを誇りに思っていただきたくて企画しました。
歌枕:これまで残ってきた日本の工芸品を再認識するきっかけ作りをされたのですね。
三木:現地で認知されることで、今後もそこの人たちの間に受け継がれると信じています。
歌枕:日本との絆を強めることになるのですね。
三木:近年の研究では、厳密な意味での鎖国ではなく、九州とアジアの間で公私の通商ルートがあり、それが欧州までつながり物資が行き来していたという説になっています。
歌枕:興味深いことです。チャールズ皇太子とのお話は緊張されませんでしたか。
三木:来館者のいない休館日にお越しになり、三十分以上付きっきりで展示を見て回りました。多くの質問を受けましたが、私が緊張しないように始終、冗談を飛ばしながら話しかけてくださったので、楽しくてあっという間でした。その時に自分の家にもある日本の美術品も見てほしいと言われました。
歌枕:そのお家とは、もしかしてバッキンガム宮殿ですか。
三木:江戸時代には将軍家が鎧兜を送り届けたり、明治以降は日本の皇室や政治家などがイギリス訪問したときに贈ったもので、当時の日本の工芸や絵画の最高峰の技術で制作されていて、それらが今も宮殿の中に置かれています。
歌枕:そのようなお城だからこそ、このような工芸品が残っており、単なる研究だけの域ではありませんね。ところで、日本人で三木さんのようなお仕事をされている方はいらっしゃるのでしょうか。
三木:研究している人は少なからずいます。むしろ私は、それらを現地の人の見えるところに展示するのに労力を注いできました。展示して認知してもらい、これからも作品が現地で大切にされ、人々の目にふれ続けることで生き延びれるからです。
歌枕:日本の資料を日本で研究し、発表されるのではなく、海外にある日本の工芸品を研究され、現地の方にお伝えするというのは、世界広しと言えども、唯一無二の活動をされていると感じます。
三木:資料は自ら声を上げられないので、何回も通ってモノとの対話を続けます。そこから資料が後世に生き延びるのに大切なことを考えて行動しています。
歌枕:うたまくら茶論のピアノなどの楽器にも通じる精神ですね。
三木:いつかまたうたまくら茶論へ戻ってきて、この1889年製のピアノや、古い鍵盤楽器の音を聴いてみたいです。
歌枕:茶論の(*注)歴史的鍵盤楽器の音色を聴いていただきたいですね。
三木:私も音楽が大好きで主にクラシックを聴きますが、直美さんの歌も長距離運転する車の中で聴いています。直美さんも、時代をこえていま大切と思われたことを、歌ごえで表現されていると感じます。
歌枕:ありがとうございます。
三木:楽器同様に、直美さんの歌声も長く人の心の中に残ります。直美さんの歌声を通して、古事記などのいにしえの人々の思いが私たちに伝わるのもすばらしいと思います。私が17世紀の日本美術資料を展示して、欧米の皆さんに見ていただく作業にも通じるものがあります。
歌枕:これからも日本の先人が残した歌、物語を語り継いでいきたいと思います。
三木:また来日したときにお会いしましょう。
歌枕:日頃、聞けないお話を伺えるのが、とても楽しみです。次回はまた茶論でお料理もご披露ください。本日はありがとうございました。
(*注)…「時代を語るピアノの響きコンサート」うたまくらピアノ工房・茶論にて年4回開催している世界の個性あるピアノと、歴史的鍵盤楽器を体感いただくコンサート
| 三木美裕(みきよしひろ) |
ボストンの美術博物館でミュージアム・エデュケーションの研修を受け、その後スタッフとして5年過ごす。シアトル美術館の教育部主任、ロサンゼルス全米日系人博物館の教育部長を経て、九州国立博物館の学芸部企画課長。その後カナダ国立歴史博物館で日本特別展覧会、2011年から国立歴史民俗博物館に所属し海外事業を担当している。 現在はイギリスを中心に欧州の美術博物館で、現地の日本コレクションを活用し、展覧会や教育プログラムを開発するプロジェクトに従事。ウェールズ国立博物館、グラスゴー博物館機構、ダラム大学東洋博物館でゲスト・キュレーターを務める。サンフランシスコ在住。 |
|---|
|
|
|---|