セミナーレポート
鍵盤鉛調整の秘密
鍵盤の重さを決める重要な作業がしっかり行われているピアノは大変少ないです。鍵盤が下がるスピード、上がるスピード、感触、全てが兼ね備えられ最良のタッチに仕上がります。ワンランク上の調整の秘密に迫ります。
■この企画のきっかけとなった出来事
お客様からの依頼で国産のあるピアノをもっと繊細なタッチにして欲しい、ということで作業を行うと、繊細に反応するはずの鍵盤がよりバラついてしまいました。その理由は土台である鍵盤のバランス(鉛調整)が定規で測ったように整然と並んでいました。計算上の位置でしかありません。
しかし、本来一鍵一鍵違うものなのでそれに合わせて鉛の位置も変わってくるはずです。
この現状だとほとんどの国産ピアノが、時間と手間(つまりお金)のかかる正確な鉛調整を行っておらず、かなりタッチにバラつきのある感覚が日本のピアノだとわかったので、本来はどうあるべきかをお伝えしたかったのです。メーカーにハンマー交換などの修理に出したピアノでさえ何もされていない常態で、奏者は修理して、より悪くなったと嘆かれているピアノも見ました。
■蓋を開ければ
このような現状を技術の方に知ってもらい(もうご存知かもしれませんが)、より高度な整調、整音が可能になるよう体感していただこうと考えました。しかし参加されたほとんどの方がピアノ奏者、愛好家、ピアノ好きの方だったのです。どれだけ弾く方のほうが、身近な問題、興味だったかがわかります。
■鍵盤の鉛調整とは
メーカーによって考え方の違いはありますが、大体50g前後の重りで鍵盤手前が下がるように調整されています(ダンパーの重さは入っていません)。
■日本の現実とヨーロッパの現状
ピアノは一台一台違うものだと言うことが大前提となっているヨーロッパでは、全てのメーカーとは限りませんが、鉛調整をしっかりと行っています。これが標準です。でも日本では設計図のとおり、つまり計算上の重さしか反映されていません。この作業の重要性を知っている人がどれだけいるのか疑問です。
しかし、残念ながら日本では、コストの面を考えると仕方の無いことかもしれません。
■どういう場合のピアノに必要か
まず修理、オーバーホールなどでアクションの部品、特にハンマーを変えた場合にはオリジナルのものと重さもサイズも接着剤の量も違いますから、この鉛調整が必要になってきます。というよりセットになっていると考えていただいたほうが良いと思います。よく聞くのが修理をしたら弾きにくくなった、これは要注意です。
そして新品のピアノで特にバラつきを感じてしまうピアノでは重さのチェックをしたほうが良いでしょう。
ただし、湿度の影響を受けているものは正確にできません。
■弾き心地
鍵盤が下がる重さと、上がる重さのバランスが最大の弾き心地になります。
■ドイツの教科書
《物知り達よ!
自分の手で触れてみないものはまだ遠い存在なのだ;
理解しないものは身に付かない;
君たちは計算されないものは信じない;
考慮しないものの重みはわからない;
そして君達は金にならないものは価値は無いと思っている。》
この言葉は有名な詩人ゲーテの言葉です。
この言葉が今回参考にしたドイツの教科書の最後に出てきて、技術者に対してこのようになってはいけないと警告しています。
技術のことがしっかり芸術に含まれています。
いろんな場面で理想ばかりを求めても不可能な話ですが、何をもって最高の状態かという視点を奏者の視点も含めて見ていけるよう、これからも取り組んでいきたいと思います。
芸術の裏側にある物理的な技術の重なりを見させていただき、それはまるで魔法の様でした。(E.Y)
技術者として、今まで以上に弾き手に近づけたと思います。繊細な仕事をするには、やはり勉強をしなくてはと思いました。(E.A)
鉛調整が施されたピアノは、なめらかで品の良い響き、タッチ感だと感じました。戻りの反応も良くなり、しっくりと来る感触でした。(S.Y)
技術者による音の違いは聞いていたが、ピアノの調律・調整というものがこれほど大きい役割があるとは知らなかった。ピアノは楽器の中でも一番苦手なものだったが、今までより近づけたと思う。(Y.M)
鉛でバランスを整えていくという作業はなかなか体験できるものではありません。貴重な経験をさせていただきました。ピアノをただ弾くだけではなく、ピアノのことをよく知ってピアノに向かい合えば、さらに他者に訴えかけるような音を奏でることができるような気がしました。倍音の秘密、など受けてみたい講座がまだまだあります。アンコール企画として今後開催されるようですので楽しみにしています。(K.M)
アクションの調整だけでは解消出来ない楽器が多数存在する現状に驚きました。鉛を入れて調整をするという実体験をさせてくださった事により、引き心地の良さという事にあらためて意識を高めさせられる、貴重な体験となりました。ありがとうございました。(R.K)
私が、勉強になり、大いに感心したたくさんのことで、最も感銘を受けたのは、
「物知り達よ!~中略~そして君達は金にならないものは価値は無いと思っている。」というゲーテの言葉をある種拠りどころにして、調律師の方々が仕事をされている、あるいは、仕事を精進されているということでしょう。であるから故に、ドイツの一流ピアノについては、まだ、その精神が受け継がれた芸術としての楽器となっており、その精神がそれほど重要視されなければ、一流の「工業製品」で妥協も可能なのだろうと思えました。また、私の質問にも真摯にお答え頂きありがとうございます。今になって感じるのは、調律の方法も(調律や整調、整音含めて)流派があるのでは? ということ。ピアニストは、今や完全にグローバル化の様子ですが、過去の巨匠については、フランスの名手、ドイツの堅牢の巨匠、ロシアの大ピアニスト、イタリアの名人など、国別に流派がある・・・それを支えたピアノや調律師の方々も同じように流派があるのでは? ということを今になって考えています。まるで、ストラディヴァリウスのような光沢をコンセプトにしたようなタローネのピアノ。 そのピアノを弾かれたピアニストの「木を感じさせる」と言葉も印象に残ります。芸術は手仕事ですね。(H.K)
何年もピアノを弾いているにもかかわらず「鉛調整」と言う言葉は勿論、鍵盤に鉛が入ってる事を知りませんでした。そしてメーカーによって鍵盤の鉛調整の仕方や回数が違ったりする事、鉛が入っていない状態と鉛調整後のタッチの違いに驚かされました。実際に鉛調整をさせて頂き、楽しさのあまり熱中してしまった私ですが…(笑) この地道な作業がきっちり出来ていると、演奏者が快適に演奏をする事に繋がり、その音楽が聴く人に伝わるのだと思うと欠かす事の出来ないとても大切な作業だと思いました。うたまくらに出会ってから、調律師の方は奥が深い芸術家だとつくづく実感しています。技術者対称ということで難しいお話なのかと思いましたが、とても面白く興味深い事ばかりだったのであっという間に時間が過ぎてしまいました。ピアノの中身が益々知りたくなりました。ありがとうございました。(K.S)