歌枕直美 友の会

うたまくら草子
歌枕直美の心から語りたい
vol.36 武藤全裕住職

東西文化の歴史の中心に位置する“おくはまな”にある井伊家歴代の菩提寺である龍潭寺。小堀遠州の美しい庭をながめながら、ご住職にお話しをお伺い致しました。


■小僧時代

歌枕直美(以下歌枕):歴史あるすばらしいお寺とお庭を拝見させていただきありがとうございましたました。ご住職はずっとこのお寺にいらっしゃるのですか。

武藤全裕住職(以下住職):昭和21年より、ここで修行してきました。

歌枕:お寺に入られるきっかけはどんなことだったのでしょうか。

住職:ここは、小僧を養成するところで、先代の住職が小僧に来てくれといってきて、はじめて寺に入るということをしりました。

歌枕:今や小僧という言葉は死語に近いですね。

住職:昔は、寺だけでなくどの仕事でも、小僧時代があって10年ぐらい修行して、技術がたたき上げられたんです。小僧から修行して、一人前にやっとなれるのです。

歌枕:小僧時代は終戦直後だと思いますが、その頃のお話しをを聞かせてください。

住職:みんなどこにいてもつらい時代でしたが、よかったことは、ここには食べるものがありました。

歌枕:農業をなされていたということでしょうか。

住職:はい。寺は大地主でしたが、昭和23年の農地解放で、土地を取られてしまいました。政府が何かしてくれるわけではないので、必死で生きていくこと、食べることを先代の住職が先頭に立っておこなっていました。今考えるとありがたい。住職が「どんどん炊いたれ!」と。おかげさまで雑炊をたくさん食べられました。

歌枕:それはそれは良かったです!

■龍潭寺大学

歌枕:ところで同じ小僧さんだった執事さんのお話しも聞かせていただけますでしょうか。

武藤佑吉執事(以下執事):当時は、労働をしているという実感があった。朝は仕事、夜はお経の訓練。英霊が帰ってくると、お葬式があり、小僧は住職に2時間で学校から帰ってきなさいといわれ、お葬式について出る、それが当たり前でしたね。

歌枕:今の時代考えられないです。

執事:私は学校で勉強した覚えがない、龍潭寺大学を卒業しました。(笑)今の子供には、それはないですね。

住職:当時は一生懸命だからわからなかったけれど、この歳になってしみじみと懐かしくなりますが、貧しくて、寒くて、暑くて、今は飽食の時代、贅沢三昧、今の子供たちには考えられないことですね。日本が復興の時代、激動の時代を乗り切ってきたから、今は何かあっても少々のことじゃ驚かないですね。

歌枕:意味はよくわかります。ところで、最初に山門を見られたときは、どんなお気持ちでしたか。

住職:山門は、殿様の通る道で、御成り道ですね。私たちは裏門からやってきましたよ。荒れていましたが道なき道がありました。 ここは、井伊家の居城があったところで、井伊家の一千年の歴史を祀っています。

歌枕:ぜひ、その歴史を教えてください。

住職:井伊家は藤原鎌足の後裔で、藤原共資公(元祖共保公の父)の時、遠江国守として遠州村櫛に下り、共保公より井伊谷の地に移りました。中世約五百年間井伊谷の庄を治め、22代井伊直盛公は永禄3年5月19日尾州桶狭間の戦いで戦死、法名を龍潭寺殿天運道鑑大居士といい寺号をこれより龍潭寺と称し今日に至っています。

■歴史の風

歌枕:今は、多くの方がお参りにお越しになられていますが、ずっとこのような感じだったのでしょうか。

執事:今の観光というのは、昭和40年ぐらいからですね。新幹線が開通し、東名高速道路が出来た、高度成長のころ。その時期からお寺にぼつぼつ人が来て見てもらえるようになりました。

歌枕:まさに、私が育った時代です。

執事:今でこそ世界遺産ブームですけれど、こういう宝物、文化財は人類共通の財産、文化遺産ですよね。お寺のものではなくて、見てもらうのが原則、寺の役目だと思います。

歌枕:素晴らしいですね。

執事:文化財を守るというのがお寺の任務ですが、倉庫へ入れて鍵をかけてしまうのでは、本来の文化遺産を次へ継承していくことにはならない、お寺らしさを残しながら、どうしていくのが良いのかをいつも考えています。

歌枕:とてもお寺を愛していらっしゃるのがわかります。

執事:歌枕さんは、こちらへきてどんなことを感じられましたか。

歌枕:やすらぎを感じます。たたずまいもそうですが、土地の力を感じます。そして、それを守ってこられた方の心が通ったものを感じました。また先ほど、お庭を拝見したとき、どなたが庭の手入れをなされるのかお伺いしましたら、ご住職はじめ皆さんだとお伺いし、大いに納得しました。見せるための美しさでなく、気持ちが入っていると思いました。

執事:そういってもらえると嬉しいですね。きれいだと言ってもらうと、とても励みになります。このお庭を見ていると、変わらないものにやすらぎを感じていただけるのではないかと思います。世の中めまぐるしく変わっていますが、お寺というのは、癒し、やすらぎを得る場所と思います。

歌枕:理由はわかりませんが、落ち着きます。

住職:歴史を越えてきた風景ですから、歴史の中を通ってくる風ですから。

執事:まさに千の風ですね。(笑)目に見えないものを感じてもらいたいですね。昨日の和歌劇「空海」の公演を、拝見させていただきました。大変素晴らしかったです。

歌枕:ありがとうございます。

住職:ここには悲運の王子「宗良親王」のお話があります。

執事:ぜひここでも公演を行ってほしいですね。

歌枕:歴史の風を感じ、是非私もさせていただきたいので、よろしくお願いします。本日は、貴重なお話をありがとうございました。

武藤全裕(むとうぜんゆう)

昭和8年1月岐阜県に生まれる。

昭和21年 先住職玄龍師の弟子となる。

昭和30年3月静岡大学卒業、高校教師として教職に携わる。

昭和53年3月前住職遷化により第19世龍潭寺住職となり、現在に至る。



遠州の名刹 龍潭寺

宗派は臨済宗妙心寺派で禅宗の法灯を伝える。藤原氏のながれをくむ元祖共保公以来千年の歴史を今日に伝える井伊家の菩提寺。南朝時代、この地で戦った後醍醐天皇の皇子宗良親王を祀る菩提寺。

井伊家は、直政公(徳川四天王の一人、関ヶ原合戦の功で徳川軍団筆頭として彦根佐和山城主となる)直弼公(江戸末期大老として開港の偉業をなす)を輩出した由緒ある家柄。