歌枕直美 友の会

うたまくら草子
歌枕直美の心から語りたい
vol.40 エステラ・ゼロムス

ポーランド・ポズナンにあるアダム・ミツキエビッチ大学の日本学科長エステラ・ゼロムスカ教授に、お話をお伺いしました。

■日本学科
 
歌枕直美(以下歌枕):はじめまして。クラクフでの公演をご紹介いただきましてありがとうございました。
 
エステラ・ゼロムスカ教授(以下エステラ):とてもよかったとお話をきいております。今日はお会いできるのを楽しみにいたしておりました。
 
歌枕:たくさんお聞きしたいことがあります。まず、ポーランドにおいて、日本学科のある大学について教えて頂けますでしょうか。
 
エステラ:21年前に、このポズナンのアダム・ミツキエビッチ大学とクラクフのヤギェウォ大学に日本学科ができ、ワルシャワ大学と三大学でした。それと今年からトルンのコペル大学にも日本学科が設立して、四大学となりました。
 
歌枕:そうですか。先生が学科長を務められているアダム・ミツキエビッチ大学の学生さんは、日本語の上達が早く、言葉が大変美しいですね。よっぽど指導について何か強いポリシーがおありなのかと、お聞きしたいと思っていました。
 
エステラ:言葉を教えるだけでなく、言葉を教えながら日本の文化を教えてます。言葉を使うということは、文法的に正しく話すだけでなく、話しながらどんな態度をとるのか、そこまで考えて教えています。
 
歌枕:そういうお話しを聞いて、大いに納得しました。昨日も、空港に学生さんが迎えにきてくださったのですが、挨拶の仕方とか、人を迎える気持ちが温かくて、礼儀正しくて、昔の日本人みたいです。(笑)
 
エステラ:それは深井先生(*1)たち日本人の先生のお陰です。すごく日本人の伝統的な態度を勉強させています。ここの学生は恵まれています。
 
歌枕:そうですね。ところで日本学科で勉強される学生さんは、日本企業への就職を目指されているのでしょうか。
 
エステラ:歴史、文化と、音楽とか芸術とかに興味があって、ビジネスに興味がある人は少しです。最近は、博士をとって大学の仕事を目指す学生が増えてきました。あとは日本大使館より、優秀な学生を紹介してくださいというお話もあります。
 
■道の違い
 
歌枕:また授業において、先生のご専門とされるのは演劇史の研究ですか?
 
エステラ:そうです。今、「日本の演劇史」という本を書いています。出版までには、1年ぐらいかかりますが、それは楽しみですね。
 
歌枕:先生が大学で教えられているのは、どのような授業ですか。
 
エステラ:日本文学史を教えています。また教授になると自分の研究について話をする授業があって演劇史について話しています。
 
歌枕:先生がこれだけは伝えたいと思われるポイントはありますか?
 
エステラ:私が一番目指しているのは、日本の文学を日本人の目で読むこと。日本人のように感じさせること。同じ文学でも価値観とか文化とか全く違いますので、自分にとってもむずかしいことです。
 
歌枕:宗教観など基本ベースが全く違いますから、理解するのは大変なことだと思います。
 
エステラ:言葉そのものも独特なので、言葉からいろんな文学に伝えるいろんな影響があります。また、日本語の場合は、主語があまりなく意味があいまいで、何を書いているか、何を言っているかが、わかりにくいです。原因がわかって、どうしてこうなっているのかを理解させようとしています。「西洋の文化、文学が一番だ」ではなくて、違っていても同じように美しく感動的なところがあって、重要なことがあるということを教えています。
 
歌枕:先生は日本の文学に触れた時、最初からピンとくるものがおありだったのでしょうか。
 
エステラ:はい。理論的とか論理的ではなくて、すごく心で感じました。西洋人は普通、頭で考えてそれから感じます。日本人が考えないということではなくて、道がちがうという感じです。
 
歌枕:よくわかります。でも感動する心は同じですね。
 
エステラ:そう思います。
 
■縄文から現代へ
 
歌枕:とても美しい日本語を話されるエステラ先生が、もともと日本語を学ぼうと思われたきっかけは何だったのでしょうか。
 
エステラ:偶然なことなんですが、大学試験の前に何をしようか迷っていた時に、谷崎潤一郎の本をすべて借りてポーランド語訳で読みました。とてもおもしろくて、日本はおもしろい国だと思いました。
 
歌枕:それでワルシャワ大学で、谷崎潤一郎の研究をされたのですか。
 
エステラ:谷崎潤一郎の研究も勉強の中のひとつですが、私は、演劇に興味がありましたので、日本学科に入って、まずは現代劇・安部公房の戯曲からはじめました。その次に、六十年代の小劇場のことを勉強しました。この時代、日本の伝統文化に対しても考え方がものすごく強くて、そしてアメリカとか西洋の文化に対してもはっきりした考え方がでてきていて、とても面白かったです。そしてその中で、能、歌舞伎のやり方、演劇のアイデアとか、日本のすべての演劇を勉強しました。
 
歌枕:日本の演劇全般を学ばれたのですね。
 
エステラ:はい。安部公房から始めて、それから小劇場、そこから縄文時代へ。
 
歌枕:縄文時代にさかのぼるとは、素晴らしいですね。
 
エステラ:また、日本に行った時に、日本中の祭りの中に、古い形の芸能がたくさん残っていて、それをあちこち見に行きました。
 
歌枕:今回「源氏物語」が皆さまに劇として、喜んで頂けるかどうか不安でしたが、いかがでしたでしょうか。
 
エステラ:はい。今日「源氏物語」を拝見して、とても美しく、素晴らしく感動しました。学生たちも大変感動していました。ぜひ来年は、ワルシャワでも、クラクフでも、公演を行ってください。ご協力いたします。
 
歌枕:ポーランドの皆様に日本の文化・伝統をご紹介したいと思っています。宜しくお願いいたします。また、ポーランドのことを、日本の人たちに紹介していきたいと思います。お互いの文化を知るこういうご縁を、大切に思っております。本日は、ありがとうございました。
 
 
(*1)深井千枝先生・・・アダム・ミツキエビッチ大学日本学科教師。ポーランド・ポズナンでの歌枕直美・和歌劇公演開催に関わって下さっている中心の方。
 
 
 
 
 

Estera Zeromska (エステラ・ゼロムスカ)

1956年4月11日 ワルシャワ(ポーランド)生まれ

1976~1981 ワルシャワ大学日本学科で勉強

1978~1981 日本学科で勉強すると同時にワルシャワの演劇大学の演劇学科で勉強

1983~1985 仙台の東北大学に留学(文部省)

1987年から現在まで ポーランドのポズナン市のアダム・ミツキエビッチ大学の日本学科に勤務

1991-1992、1996-1997 仙台の東北大学に留学(国際交流基金)

2005年8月-2006年8月 東京・品川区の国文学研究資料館で勉強(国際交流基金)

1994 博士になる、2004 教授になる 東洋学部部長、日本学科長

(専門)日本の演劇、文学、文化

(著書)「過去に戻った日本の演劇」「60年代の小劇場運動について」「日本の舞台に使われる仮面」「縄文時代から能、狂言の面までの歴史」

「三島由紀夫(1925~1970)(共著)

現在、「日本演劇史」執筆中 1巻「能が出来上がる前の芸能と能、狂言」 2巻「歌舞伎、文楽」