歌枕直美 友の会

うたまくら草子
歌枕直美の心から語りたい
vol.70 奥村彪生、小牧康伸

歌枕直美友の会会報誌「うたまくら草子」は、1999年8月に第1号を発行。以後、皆様のご支援をいただき20年の歳月を経て、2019年1月発行70回記念号となりました。会報誌冒頭の対談コーナー「歌枕直美の心から語りたい」も70回を迎え、今年度の「歌枕直美の心から語りたい」に連続してご登場頂いている伝承料理研究家の奥村彪生先生と共に、第1回にご登場頂いた小牧康伸さん(当時、帝国ホテル大阪レストランバーラウンジ課支配人)の山梨県小淵沢にあるぶどう園小牧ヴィンヤードをお訪ねし、大自然の中で風を感じながらの記念対談となりました。
 

プロローグ
 
歌枕直美(以下、歌枕):奥村先生、本日は山梨県小淵沢にご一緒していただき、ありがとうございます。今回「うたまくら草子」70号記念を考えた時に、第1号の対談にご登場頂いた小牧さんとの3者特別対談を企画しました。
 
奥村彪生(以下、奥村):お招き頂きありがとうございます。素晴らしい自然の中で、今日の歌枕さんは高原の風にふかれる貴婦人のようです。
 
歌枕:ありがとうございます。本当に、南アルプスの山並みと八ヶ岳の前に、ぶどう畑が広がり、素晴らしい所ですね。小牧さんが故郷である山梨に帰られたのは、存じあげておりました。そして、ヴィンヤードの存在を知って是非、何かの機会で訪れたいと思っていました。
 
小牧康伸(以下、小牧):本日はご遠方のところを、お越し頂きましてありがとうございます。歌枕さんとの出会いは、帝国ホテル大阪のオープンの時ですから、もう20年になりますね。
 
歌枕:あっという間ですね。小牧さんが、どうしてソムリエになられたのですか?と私が聞いたら、私は山梨県の出身で葡萄が好きだからです。とおっしゃった事を昨日のように思い出されます。
 
小牧:帝国ホテル大阪のテーマは、「水、緑、そして光と陰」でした。その場所に、歌枕さんの音楽が本当にぴったりで、象徴的なコンサートでした。今でも新鮮に記憶しています。
 
歌枕:ありがとうございます。ちょうど1枚目のCD音楽で綴る万葉集「みやびうた」をリリースした頃で、小牧さんには聴いて欲しいと思ってお渡ししました。
 
小牧:今でも聴かせていただいています。実は、ここでの企画の1つに、星を見る企画が有ります。満点の星を眺めながらシャンパンをお出しするのですが、その時には、歌枕さんの”天の川の恋“を聴きながら、シャンパンを発明したドン・ペリニヨンの話をします。「天の星を溶かしたような味だ。ああ幸せを飲んでいる。」と。
 
歌枕:素敵な企画で使っていただけて光栄です。
 
奥村:自然の中での”天の川の恋“は、ぴったりな歌ですね。
 
歌枕:ところで、ぶどう作りからご自身のワインを造ろうと、いつの段階で思われましたか?
 
小牧:2003年に山梨に戻りレストランで働いていたころに、ワイナリーの方と知り合って、ぶどうの木の苗を五本譲っていただき植えたところ、意外と簡単にぶどうができ、これならワインが造れると思いました。
 
歌枕:やはり美味しいぶどうをご存知だからですね。
 
奥村:山梨は果樹大国ですね。ぶどうの樹は、水はけが良く、地中深く根が伸び清らかな水に含まれる土壌の栄養をたっぷり吸って育ちます。
 
小牧:そうですね。その後、山梨県立農業大学校やワイナリーへ行って果樹の栽培や醸造を勉強しました。2005年以降、毎年増やして、今は約3300本となりました。そして、2008年にはじめてのワインができあがり「プロローグ」と名付けました。
 
歌枕:今からはじまるという思いで、名付けられたのだと思い大変共感致しました。ワイン自身は西洋のもの、それを日本で造ることの難しさはありますでしょうか。
 
小牧:ワインは農作物ですから、良いぶどう作りが重要ですね。畑の位置によってもぶどうの出来が変わります。
 
歌枕:その年の天候など、自然の状態でも変わりますね。
 
奥村:自然は時々刻々と変わるので、人間がぶどうの樹と土のお世話を合わせてしていかなければなりませんね。
 
小牧:はい。自然農法で栽培し、そして、畑に住んでいる酵母菌を生かしてワインを造っています。365日ぶどうをケアすることが必要です。
 
歌枕:365日ですか?大変な仕事ですね。
 
小牧:はい。そうすると良いぶどうができ、良いワインができる。自然と触れ合うことで、もっとも自然なワインになります。
 
歌枕:ぶどうの話しをなさると、心がときめかれるのが、お声でよくわかります。(笑)
 
小牧:そうですね。(笑)ぶどうは1年に1度しか収穫できないですし、1年に1度しか醸造も出来ない。1年に1回しかチャンスがないので、きっちりやっていかないといけないと思います。
 
歌枕:素晴らしい人生ですね。
 
奥村:私も私にしかできないことをずっとやってきました。「そんな古いことばかりやっていては、食ってはいけない。」と言われながら、やっと今80歳を超えて、それが認められてきました。信念を持ってやり続けてください。
 
小牧:ありがとうございます。最近は、いいもの、本物を作ると、海外からいい評価をもらえる世界になってきました。
 
奥村:本物が求められる時代になってきていますね。
 
小牧:明治維新から150年、ワインの明治維新という感じで、まさしく今、混沌としていている中から、生まれ変わろうとしています。これから開催される東京オリンピック、大阪万博を機に変わっていきます。新しい日本がはじまります。
 
歌枕:小牧さんのワイン名の通り、まさに”プロローグ“ですね。
 

 

■縄文と葡萄
 
奥村:この辺りは、1万年前から続いた縄文の歴史の有るところで、大変興味深いところです。
 
小牧:山梨は、地形がすり鉢状になっていて盆地があって、まわりに山があって、今から一万年前にできた扇状地です。
 
奥村:縄文時代から人が住み、高度な文化がなりたっていたところです。近くの茅野にも縄文遺跡があります。また諏訪大社の御柱祭りは、縄文時代の風習が繋がっている「天への感謝」です。
 
小牧:1万年間もその文化が続いたというのが、本当に古代人は素晴らしいと思います。
 
歌枕:今まで山梨にあまりご縁がなくて、この地に縄文文化があったことを知りませんでしたが、この土地から古代から脈々と続いている空気を感じます。とても関心が湧いてきました。
 
奥村:縄文の造形文化は素晴らしく、ピカソが何人も住んでいましたね。(笑)岡本太郎は様々な造形の縄文土器を高く評価し、影響を受けて、大阪万博の太陽の塔ができました。塔の中には、古代から現代までの進化がわかるように作られています。
 
歌枕:奥村先生、「芸術は爆発だ!」ですね。(笑)私の住んでいる吹田市はマンホールの柄が一部、太陽の塔です!
 
奥村:はい。岡本太郎も縄文人も大きな世界観、宇宙観があったと思います。
 
歌枕:宇宙観ですか、よくわかります。
 
奥村:私は、日本食の根幹を作ったのは、縄文人だと思います。生食、いわゆる刺身を食べる文化は、縄文時代からありました。それは、この豊かな自然、森林が作る”水“です。
 
小牧:山々から涌きい出る水ですね。
 
奥村:はい。また熱くした石の上に動物の肉をのせて焼いて食べ、穴を掘って肉を木の葉で包んで入れ、蒸し焼きにして食べていたなど、縄文遺跡からその食文化がわかります。
 
小牧:縄文土器に、ぶどうの種がついていたのも発見されているので、その当時からぶどう酒を飲んでいたかもしれませんね。
 
歌枕:ところで西洋のワインは、日本にいつ頃入ってきたのでしょうか。
 
小牧:安土桃山時代、ポルトガルのワインが信長に献上されています。今のワインとは違うタイプのポートワインです。
 
奥村:小堀遠州の茶会記にも葡萄酒を出したとあります。それより古くは、奈良時代にペルシャから伝わった水差しやグラスが残っており、それを見るとワインを飲んでいたのではないかと思います。
 
小牧:10年くらい前に、甲州ぶどうは、奈良時代に仏教と一緒にヨーロッパから入って来たのではないかとDNA鑑定でわかりました。
 
歌枕:日本ワインの歴史も古いですね。
 
小牧:はい。本格的に日本でのワイン造りがはじまったのは、明治維新の頃です。国の政策で2人の青年をフランスのトロアというところへ、ワイン造りの勉強に行かせのが、今の日本ワインの原点になります。また終戦の時、帝国ホテルにマッカーサーが入って来きました。その時に、一緒にワインも入って来て、当時の料理長が管理をしていました。
 
奥村:*村上料理長ですね。私は、神戸ワインのオープン(1983年)を手伝いました。その頃から少しずつワインがブームになってきました。
 
小牧:1995年世界ソムリエコンクールで日本人が1位になり、それをきっかけにソムリエブームが起こり、2017年には約3万人にまでになりました。
 

*村上料理長・・・村上 信夫(むらかみ のぶお)は日本のフランス料理のシェフ。元帝国ホテル顧問。日本でフランス料理を広めた功労者。

 
日本ワインの真価
 
歌枕:急に、様々なお店にソムリエがいらっしゃるようになったように感じました。
 
小牧:今のソムリエは、理系を出てスマートな人が多いですね。ヨーロッパのワインとかを勉強して、情報をたくさんもっていますが、ぶどう畑を歩いたことのない人が多いです。
 
歌枕:なにか間違っていますね。本質から離れているように感じます。小牧さんは、その真逆ですね。
 
奥村:みせかけの文化、知識や流行性を追うだけでは、本質が失われます。
 
小牧:はい。ヨーロッパのソムリエは、自分でぶどうを植えている人が多いですね。
 
歌枕:日本でのワイン消費は、増えていくと思いますか?
 
小牧:一般的には、ワインは日常的なものでなく、特別な日のものと考えられていますが、これから関税が安くなると世界のワイン市場が日本に安く入ってきますし、そうするともっと飲まれる様になると思います。
 
奥村:私はたくさんいただきます。日本食には、ワインが合います。
 
歌枕:特に何が合いますでしょうか。
 
奥村:刺身は勿論、焼物や煮物、和物なんでもですが、漬け物にも合います。特にいぶりがっこが一番美味しいです。押し鮓や握り鮓もよろしい。
 
小牧:日本のワインは、日本食に合うということで、世界の和食店に広がっています。八年前のロンドン市場より、現在ではその二十倍になっています。
 
歌枕:日本のワインが、世界に広がっていっているのですね。
 
小牧:はい。ヨーロッパなどでは、ワインに関する法律が独自で定められていますが、日本では2018年10月30日に国税庁より日本ワインの基準が定められました。
 
歌枕:どのような法律ですか?
 
小牧:日本ワインの定義や表示規則を制定し、日本のぶどうを日本で醸造した本物の日本ワインかどうかを査定します。
 
歌枕:その結果は、いかがでしょうか。
 
小牧:ワインは地酒ですから、そこで穫れたぶどうでなければいけないのですが、実際に調べてみると、本物の日本ワインは約2割しかなく、約八割は海外の干しぶどうとかジュースを使われていることがわかりました。
 
歌枕:真価が問われた訳ですね。
 
奥村:プロデュース オブ ジャパンが重要です。
 
地産地消
 
歌枕:小牧ヴィンヤードにおける、奥様のお料理も大変美味しくいただいています。ワインにぴったりです。
 
小牧:地元で作られた有機栽培の野菜やハーブ、チーズ、パンを使っています。その土地の気候風土の中でできた物をお召し上がり頂く時、その土地で作られたワインは合います。
 
奥村:その土地でとれた物を食べるのが一番。同じ水、同じ空気を吸って育った物同志ですから、地産地消。食べ物(フード)イズ風土(フード)です。(笑)
 
歌枕:その土地の物、季節のお野菜を美味しくいただく。いつも奥村先生にお話を伺っています。こちらでのお料理は、まさにそのもののように思います。
 
小牧:ありがとうございます。
 
歌枕:ところで奥村先生、山梨の郷土料理は何かありますか?
 
奥村:煮アワビが甲府の名物です。販女(ひさぎめ)という物を売って歩く女性がいて、駿河湾のアワビを現地で煮て、牛に品物を背負わせて山越え、野を越えして甲府に運び、それを販女が売りに歩いていました。
 
歌枕:それは知りませんでした。
 
奥村:この辺りは田んぼが少なく、昔、鉱石業が盛んなところでした。武田信玄は、金を掘らせて力を持っていたので、金でなんでも買えましたね。信玄は、戦に行く時、兵糧に干柿を持って行っていました。だから今でも柿の木がある家が多いですね。
 
歌枕:こちらでも干柿を作っていらいっしゃいますね。
 
小牧:はい。作った干柿を、お食事の中でお出ししています。
 
歌枕:干し柿とワインとの相性は最高ですね。
 
奥村:地元でとれる季節の物をいただく、そしてその端境期は保存した物を食べる工夫が必要です。インスタント食品ができ、なんでも時短時短となり、味が均一化され、個性的な味ができなくなりました。そこで私は手作り料理や保存食の味を大切にして行こうと活動してきました。
 
小牧:料理もワインも、個性が重要ですね。日本酒は、地酒という原点がありますが、最近は鑑評会で金賞を取った所と同じ様に作れば流行すると考えられ、個性がなくなってきています。好きか嫌いかは消費者が決めるもの、地産地消にこだわり個性的な物を作って行きたいです。
 
歌枕:私は真の地産地消を今日体験できた事に、感動してます。小牧さんはこれからどのような展望をお持ちでしょうか。
 
小牧:いつかワインの醸造まで、自家製でできたらと思っています。また無機質なところを歩くと、体に悪い物が堪って行きます。大地を歩いていると、悪い物が放出されます。自然に寄り添いながら暮らし、訪れて下さった方に自然の中でゆったりと楽しんでいただける様にと考えています。
 
歌枕:素敵な夢ですね。そして今日ぶどう畑を歩かせていただいて、大地の優しさ、自然の大いなるパワーを感じ、そしてエネルギーをいただきました。
 
小牧:お楽しみ頂けて嬉しいです。ぶどう畑に立たれるお姿を拝見しまして八ヶ岳のパワーを吸収されてさらに輝いていただきたいと思った次第です。
 
奥村:私は前回もお話ししましたが、歌枕さんの作曲『伊予の誘庭』の和歌(山辺赤人)にあるように、「不易流行」変わるべき物と変わらざるもの、新しい物を求めるだけでなく、伝統を積み重ねて今があるということに本質があると思っています。
 
歌枕:本当にそうですね。
 
奥村:歌枕さん、春の公演では「源氏物語」の六条をテーマにされると伺いましたが、思いの深い女性の色っぽいセリフもあったら良いですね。(笑)私の万葉歌の師匠である歌枕さんの演じる六条御息所を楽しみにしています。
 
歌枕:ありがとうございます。おこがましいですが、出会いの摩訶不思議さ、そして素晴らしさを深く感じさせてもらえた時間でした。小牧さん、長年お世話になっている奥村先生、本当にありがとうございます。新たなぺージが開かれた気がします。
 
 
 今回は記念特別対談にあたり、友の会 会員紹介はお休みさせて頂きます。
 
 

奥村 彪生(おくむら あやお)

日本で唯一の伝承料理研究家。飛鳥万葉時代から江戸、明治、大正ならびに昭和の戦後まで、全国のお雑煮やまんが「サザエさん」などの様々な料理を文献記録に基づいて再現。世界の民族の伝統料理に詳しく、2009年めんの研究で学術博士(美作大学・大学院)。奥村彪生料理スタジオ「道楽亭」主宰。

■社会活動...2000年度和歌山県民文化賞受賞。2010年5月第1回 辻静雄食文化賞受賞。

      NHK「きょうの料理」「関西ラジオワイド 旬の味」「チコちゃんに叱られる!」「日本人のおなまえ」などに出演。

■著書...『日本めん食文化の一三〇〇年』(農文協)

    『日本料理とは何か』(農文協)ほか

 
 

小牧 康伸(こまき やすのぶ)

約30年間東京・大阪のホテルでソムリエとして勤務の後、山梨県立農大やワイナリーにて醸造用葡萄の栽培や醸造の研修を受ける。

現在は醸造用葡萄栽培をする傍ら、山梨県内の短大や専門学校にてサービスマンの育成もしている。

JSA 第1回認定シニアソムリエ

HRS 国家技能検定1級レストランサービス技能士

HRS 西洋料理テーブルマナー認定講師

SS I 日本酒利き酒師

■著書...「ホテル・レストランのサービスとマナー」